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「働くことは生きること」は本当か -ワーク・ライフ・インテグレーション-

2021.5.28

こちらの記事はLIFE IS LONG JOURNAL様より許可を得て転載しております。
https://life-is-long.com/article/2692

「私たちの生きがいって、『仕事』や『働くこと』に偏りすぎているんじゃないか?」

ここ1年ほど、ふとした瞬間に浮かんでくる疑問です。

自戒をこめた問いでもあります。

というのも、まさに私自身も、生きがいややりがいの大部分を仕事から感じている気がするからです。

大学院時代、特に、博士課程に入ってからは、昼間は臨床心理士として働いたり、授業を受けたり、授業をしたりして、もっぱら18時くらいからが研究のゴールデンタイム。

夜中の2時頃が定時というような生活をしていました。

そのまま大学に就職したこともあって、長い時間、職場にいることへの抵抗感はなく、むしろ、休日に出かけたりしていると、仕事のことが気になったり、後ろめたさを感じたり…といわゆるワーカホリックなところもありました。

今では、社会の変化や、職業柄身につけてきた知識やスキルのおかげで、仕事とそれ以外の時間の切り替えや、休日に思いっきり休むこと・遊ぶことも満喫できるようになりました。

ただそれでも、自分が生きがいややりがいを感じる瞬間は、仕事の領域に偏っている気がしています。

この疑問が浮かぶようになったきっかけがもうひとつあります。

周囲に出産のタイミングを迎える友人たちが増えたことです。

妊娠期の体調不良で、思うように仕事ができず、気分まで落ち込んでしまったり、産後、仕事に復帰するまでの間、社会とのつながりが持てなくなったように感じたり、時には、自分の価値が下がっているようにまで感じたり…。

そんな姿を目にしていて、疑問が浮かびました。

産んで育てることって、本来は「ヒトの社会」に直結していることのはずではないか。

お母さんたちは、子育てをしていて、孤独を感じるのではなく、むしろ、「社会とのつながり」を感じられるのが自然じゃないのか。

私たちの「社会」との接点や、「社会的」承認の「社会」がずいぶんと、「働くこと」や会社組織に狭められてしまっているのかもしれない。

周産期のことだけでなく、定年退職後に、生きがいややりがいを失ったり、孤独を感じやすくなったり、自分の価値がなくなったように感じられたり、というのも、同じ問題を含んでいる気がします。

ワーク・ライフ・バランス

Withコロナでの生活様式の変化もあいまって、この言葉を意識する機会が増えましたが、

ワークとライフを分けて、そのバランスを考えるだけでなく、より多様な人生の領域を見渡す視点が必要だと感じるようになりました。

今回は、ワーク・ライフ・バランスをさらに発展させた「ワーク・ライフ・インテグレーション」について紹介したいと思います。

2008年に経済同友会が「働き方と個人の生活を、柔軟にかつ高い次元で統合し、相互を流動的に運営することによって相乗効果を発揮し、生産性や成長拡大を実現するとともに、生活の質を上げ、充実感と幸福感を得ることを目指すもの」と定義しています。

まだ多くない研究知見を概観すると、ワーク・ライフ・インテグレーションの鍵は、いかに役割や領域の境界を柔軟にマネジメントできるかにある、と推察しているのですが、その前に、領域全体を見渡してみることが最初のステップではないかと考えています。

キャリアにおける発達理論を提唱したキャリア研究の代表的な研究者であるSuper(1990)によると、「キャリアとは人生のそれぞれの時期で果たす役割の組合せ」であり、主要な役割として、子ども、学生、余暇人、市民、職業人、家庭人が挙げられています。

もちろん、これに限らない場合も、職業人や家庭人の中でも複数の役割がある場合もあるでしょう。

まずは、自分の今のライフステージで、どのような領域に関わっているか、役割を担っているかを見渡してみる。

そのうえで、「統合」という視点がもてるようになるのではと思います。

そして、次に注目したいのが、「どのように相乗効果を生み出していくか」という点です。

役割間や領域間の関係を考える基本的な仮説に、「欠乏仮説」と「増大仮説」という2つがあります。

欠乏仮説(Goode, 1960)は、「人間がもつ時間や能力は有限であり、役割が増えると1つの役割にさく時間や能力が足りなくなる」というものです。

一方、増大仮説(Sieber, 1974)は、「人間がもつ時間や能力は拡張的で役割が増えると、収入や経験、自己実現やよりどころが増える」というものです。

個人的な実体験では、時間は有限だけれど(欠乏仮説が正しい面もあるけれど)、その他の能力や資源は、役割間・領域間で相乗効果をもたらすことができるように感じています。

家庭での経験を職場でのマネジメントに活かしたり、学生(学ぶ人)としての経験を市民としての活動に活かせるなど。

共通して活かすことのできる資源や、ポジティブな影響をもたらし合っているところに注目することが最初の第一歩になりそうです。

そして、日々の生活の中では、仕事の領域に限らず、さまざまな領域で、生きていてよかった、やってよかった、という喜びの瞬間を味わうこと・つくっていくことにフォーカスすることからではないか、と思っています。

【参考文献】

経済同友会. (2008). 21世紀の新しい働き方 「ワーク&ライフ インテグレーション」を目指して.

Goode, W. J. (1960). A Theory of Role Strain. American Sociological Review 25; 483-496.

Sieber, S. D. (1974). Toward a theory of role accumulation. American Sociological Review 39; 567-578.

Super, D.E. (1990). A Life-Span, Life-Space Approach to Career Development.

Brown, D. and associates ed. Career Choice and Development. San Francisco: Jossey Bass.

関屋 裕希(せきや ゆき)
博士(心理学),臨床心理士,公認心理師

1985年福岡県生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、筑波大学大学院人間総合科学研究科にて博士課程を修了。東京大学大学院医学系研究科精神保健学分野に就職し、研究員として、労働者から小さい子をもつ母親、ベトナムの看護師まで、幅広い対象に合わせて、ストレスマネジメントプログラムの開発と効果検討研究に携わる。 現在は「デザイン×心理学」など、心理学の可能性を模索中。ここ数年の取組みの中心は、「ネガティブ感情を味方につける」、これから数年は「自分や他者を責める以外の方法でモチベートする」に取り組みたいと考えている。 中小企業から大手企業、自治体、学会でのシンポジウムなど、これまでの講演・研修、コンサルティングの実績は、10,000名以上。著書に『感情の問題地図』(技術評論社)など。

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