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「夢中になっていたら、あっという間」はつくれる!

2021.9.30

こちらの記事はLIFE IS LONG JOURNAL様より許可を得て転載しております。
https://life-is-long.com/article/4043

最近、「夢中になっていたら、あっという間に時間が過ぎていた」という経験したのはいつですか?

私の場合は、オンラインの料理教室に参加していたときでした。

「鶏とあさりのフリカッセ」を習っていたのですが、始まってから、「今から15分煮込みます」と言われるまで、一瞬のように感じました。

心理学では、このような心理状態を「フロー」と呼んでいます。

ハンガリー出身のチクセントミハイという研究者は、第二次世界大戦で、仕事や家などのよりどころを失い、平穏無事な生活を維持することすら難しい人生があることを目の当たりにしました。

その経験から「人生に意味や生きる価値を与えるものは何か」という問いをもって、心理学の世界に入りました。

多くの研究の結果、収入など金銭的・物質的な充足は人が幸せになることとは関係しないことがわかっています。

一定の基準を超えてしまえば、収入が増えたとしても、幸せな人の割合は増えないのです。

チクセントミハイは、幸せの根本を追求するため、「日々の暮らしのどんなときに私たちは真に幸福を感じるのか」をテーマに研究することにしました。

新型コロナウイルスの影響を受けて生活が変わったこの1年。

私たちも、このテーマについて考える機会が多かったように思います。

これまで当たり前にあったものがなくなったり、自然とできていたことができなくなったり……。

一方で、新しいやり方を身につけたり、初めてのことを試したり。

自宅で過ごすことが増えて、必然的に生活のしかたや人生を振り返る機会が増えました。

自分が幸せを感じるのはどんな瞬間なのか。

チクセントミハイは、その答えを探るために、金銭的な報酬のためではなく、ただそのことをやることに意味を見出している人々(芸術家や科学者など)にインタビューをしていきました。

名声や富を得ることが期待できなかったとしても、芸術家や科学者が、その人生を費やすに値すると考えるのはいったい何に対してなのか。

ある作曲家は、これまで存在したことのない音の組み合わせを想像する、その時間を「忘我の状態」と表現しました。

ある詩人は、「ドアを開けると空中に浮かび上がるような感じ」で、身体の感覚も、自分がだれかという感覚すらも忘れている時間だと表現しました。

共通して使われたのが、「流れている(floating)ようだった」、「流れ(flow)に運ばれた」といった表現だったことが、フローの名前の由来です。

2014年にチクセントミハイが来日したときに、直接話をする機会に恵まれたのですが、そのとき、SONYの創始者である井深大さんの職場づくりを、職場におけるフローのこれ以上ない良い例だと話していました。

SONYの会社設立の目的の1番目には、こう書かれています。

「真面目ナル技術者ノ技能ヲ最高度ニ発揮セシムベキ自由闊達ニシテ愉快ナル理想工場ノ建設」

フロー状態では、その活動自体が楽しいのと同時に、強い集中によって、時間の流れ方が変わったように感じられ、次から次へと淀みなく意識が流れていくような状態になります。

「自由闊達ニシテ愉快ナル」という部分が、まさにフローの主観的な状態を表しているというのです。

日常生活におけるフロー状態の多さがやる気を向上させて生活の質を改善させること、無気力や抑うつの予防になることなど、科学的根拠が蓄積されてきています。

では、フロー状態をつくるには、どうしたらいいのでしょうか。

フロー状態が生じる前提条件として、課題の困難さ(Challenging level:挑戦水準)と個人の能力(Skill level:能力水準)が高い水準で釣り合うことが挙げられています(図)。

図. フローの条件(Csikszentmihalyi, 1990より作図)

人は、自分の能力に対して課題が難しすぎると、不安になりますし、逆に課題が簡単すぎると、退屈になります。

自分の能力に対して、課題の困難さを調整することで、フロー状態をつくり出すことができるのです。

具体的な方法としてよく挙げられるのは、課題に時間制限を設けて難易度を上げる「タイムアタック法」ですが、私からは「即興性」や「当意即妙」を活用することを提案したいと思います。

心理学の研究の中で、フロー状態をつくるために、即興劇を応用したゲームやグループワークが使われることがあり、それをヒントにしています。

日常や仕事の中で、予定調和ではない時間を取り入れるのです。

会議ひとつとっても、結果の予測がつく会議は退屈で長く感じるかもしれませんが、どう議論が進んでいくか予測がつかないような、1人では思い浮かびもしなかったような意見が飛び交う会議はあっという間に時間が過ぎていきます。

今までに体験したことがないようなアクティビティに参加することも、予測がつかないので、その場その場で機転をきかせる必要が出てきます。

フロー研究には、これまで紹介したような「フローとはどういった現象なのか」を探り出す「現象学モデル」だけでなく、フローを通して人間の能力が成長していくプロセスを検証する「人間発達モデル」もあります。

フローを体験することを通じて、人は長所や能力を伸ばし、興味や自信を成長させていくことができるというモデルです。

空腹や疲れも感じずに夢中になれる時間をもつことで、その時の楽しさや充実感だけでなく、人生全般における成長へとつなげていけるのです。

今日から、人生に「当意即妙」のスパイスを加えてみませんか。

【参考文献】

Csikszentmihalyi, M. (1990). Flow: The psychology of optimal experience. New York: Harper and Row.

Nakamura, J. &Csikszentmihalyi, M. (2002).The concept of flow. In C. R. Snyder &SJ. Lopez(Eds.), Handbook of Positive Psychology. New York:Oxford Universlty Press, pp.89-105.

関屋 裕希(せきや ゆき)
博士(心理学),臨床心理士,公認心理師

1985年福岡県生まれ。早稲田大学第一文学部を卒業後、筑波大学大学院人間総合科学研究科にて博士課程を修了。東京大学大学院医学系研究科精神保健学分野に就職し、研究員として、労働者から小さい子をもつ母親、ベトナムの看護師まで、幅広い対象に合わせて、ストレスマネジメントプログラムの開発と効果検討研究に携わる。 現在は「デザイン×心理学」など、心理学の可能性を模索中。ここ数年の取組みの中心は、「ネガティブ感情を味方につける」、これから数年は「自分や他者を責める以外の方法でモチベートする」に取り組みたいと考えている。 中小企業から大手企業、自治体、学会でのシンポジウムなど、これまでの講演・研修、コンサルティングの実績は、10,000名以上。著書に『感情の問題地図』(技術評論社)など。

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