会員数250万人のメンタルヘルスケア専門企業が運営する「未病ケアラボ」

メンタルケア

あとがき~死なせない言葉

「悩みを摘みとる言葉」より

2020.1.1

この仕事を始めて、ひとつ気づいたことがあります。
それは「自殺は防止できるのか」という問題です。

よく「自殺にはサインがあるはず」と言われます。
しかし、そのときはいずれも自殺しそうな「気配」や「予兆」は思い当たらず、残された人たちは「サインを察知できなかった自分たち」を悔やんで責めました。

「自殺のサインに気づくなんて無理なのかもしれない。それよりも、自殺するほど悩んでいる人たちの悩み事の受け皿となる場所を作った方が自殺防止の効果が出るのではないか」
度重なる自殺を通してそんなふうに考えるようになった私は、セーフティネットを立ちあげたとき、「このような悩み相談所があれば『自殺をしようか、やめようか』と迷っている人を思いとどまらせることができるのではないか」という期待をひそかにもっていました。

ところが、案に相違して、「死のうかどうしようか迷って電話をしてくる人」というのはほとんどいませんでした。
「なぜ自殺する前に相談にきてくれないのか」
私は、自殺する人というのは「苦しみから逃れるための選択肢」のひとつとして「死」を選ぶのだとばかり思っていましたが、もしかしたら自殺者の大半はいろいろな選択肢を検討するようなこころの余裕をもっておらず、「発作的」「衝動的」に死に向かう人が多くおられるなのではないか。それならば周囲にサインが見いだせなかったことも納得できます。

その後、「視野狭窄に陥り、衝動性が高まる」のはうつ病を含むメンタルヘルス不全の症状のひとつであることがわかり、私の中の推測が確信に変わりました。
「頭がぼんやりしてなにをどうしたらいいのか判断できない。気がついたら、わけのわからないうちに電車にとびこもうとしていた」という電話をうけることがあります。
「わけのわからないうちに」——そう。これこそがまさに「メンタルヘルス不全の症状」なのです。

このような電話があったとき、こちらがまず強調するのは、「あなたが死のうと思ったわけじゃない。風邪をひいたら熱がでるように、それはメンタルヘルス不全になると出る症状のひとつなんですよ」ということです。

それでは、「衝動的な自殺」を止める方法はないのでしょうか。
そんなことはありません。「衝動的」ということは「自らの意思」で死を選んでいるわけではないので、直前に「我に返る」ことができれば衝動を抑えることができます。

一例ですが、カウンセラーは、相談者に「自殺の心配あり」と感じたときには、「死なない約束」をお願いすることがあります。「また明日、〇時に話しましょう」という約束をするのです。「明日、自分を待ってくれている人がこの世にいる」ということだけで、その人の死への衝動を抑える歯止めになるのです。こうして何度かカウンセラーと話すことで徐々に視野が広がり、「死ぬ」以外の視点が見えてくることもあるのです。
ストレートな例では、上司から言われた「死なないって約束してくれ」という一言が自殺を思いとどまらせてくれたという人もいました。

言われた瞬間はなんとも思わなくても、一瞬のうちに死の世界にひきずりこまれそうになるギリギリの状態のときには、こういう「我に返る」「心に残る」一言が命綱になることがあるのです。
自分自身が「死んではいけない」と強く思えることが、その人を衝動的な死から救うのです。周囲にできるのは、いざという瞬間にその人を我に返らせる言葉を日頃からインプットしておくことです。
これは、医師やカウンセラーでなくても、その人を気にしている周囲の人なら誰にでもできることではないでしょうか。

警察庁の自殺統計によるとH15年にピークだった自殺者数は、H22以降は減少を続けています。とはいえ、世界的にみて日本の自殺率は高い水準にあります。ストレスの多い現代社会においては、メンタルヘルス不全に陥る前に、一人で抱え込まず、悩みごとや困りごとを身近な人や専門家などに相談すること、そして相談してもらえる姿勢をもつことが大切と思うのです。

もし皆さんのまわりで悩み事を抱えている人がいたら、まずはじっくり愚痴をきいてあげてください。そして「これは自分の手には負えない内容だな」と感じたら、迷わずに専門家に助けを求めるようアドバイスしてあげてください。

― 2008年発刊「悩みを摘みとる言葉」山﨑 敦 著(扶桑社)より抜粋。
今回の掲載に当たり一部改定しています。〈2019年10月4日〉
電子書籍発売中
悩みの壁を突破させるカウンセラーの言葉の力がすごい!知人に話せない悩みを抱えてしまったとき救ってくれるのはカウンセラー。借金・家族問題・職場問題で追い詰められた人々が見いだした光明。その“救いの言葉”を集めた一冊。借金・家庭問題・職場の悩み―出口が見えない悩みから脱出する18のヒント。

山﨑 敦 氏
株式会社セーフティネット 取締役会長 

1967年防衛大卒 防衛庁海上自衛隊に入隊し、
第6航空隊司令、下総教育航空群司令などを歴任し1999年12月に退職。
(株)パソナ入社。かつて3名の部下を自殺で失った経験から、2001年1月、自殺防止を目指したメンタルヘルスケアを事業とする(株)セーフティネットを設立。以降、会員企業の社員、家族から毎月3,000件を超える相談を受けてきた。

セーフティネット 山﨑 敦さんの記事一覧

  • f
  • LINE