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メンタルケア

身体に宿る匂いの記憶を利用する

嗅覚力を磨いて生存能力をあげる!

2020.6.8

匂いで「あの時」がよみがえる

「金木犀の香りに胸がキュンとし、高校時代を思い出しました」
「畳が香る和室に入ったその瞬間、涙が溢れそうになりました」

嗅覚は情動的な記憶を司る脳の部位、扁桃体に直接届きます。これは他の感覚にはない脳内回路です。情動的な記憶とは、思い出として語られる出来事の記憶と異なり、言葉にするのが難しい、身体の感覚を伴う記憶です。

書籍『失われた時を求めて』で、主人公が紅茶に浸ったひとかけのマドレーヌを口にし、身震いとともに過去の記憶を思い返します。匂いと記憶のつながりが表現されるシーンとして知られ、作者の名前から「プルースト現象」と呼ばれます。口中の香り、風味が、過去の身体的、感情的な体験を呼び覚ますのです。

感情を伴う記憶がストレスケアを伝える

リワーク施設でアロマセラピープログラムを提供していた時のことです。リワークとはうつ病などの精神疾患の状態が良くなり、仕事を中心とした生活に戻るためのリハビリテーションプログラムです。アロマセラピーはウェルビーイングのためのセルフケアプログラムとして提供されていましたが、市場的に女性向けのものという印象が強く、企業で働く男性の中には参加に消極的な方もいらっしゃいました。

30代の男性Aさんも、アロマセラピーに当初抵抗を示されました。しかし、自然体験や香りの感じ方を誘導し、香りへの身の委ね方が上手くなると、香りのもたらす気分の変化を日常的に利用できるようになりました。

精神疾患を契機に生きる上で重要なことを見つめ、人生の転機ともいうべき時間を経て、Aさんは職場に復帰しました。復帰当初は、「恐る恐る」仕事に取り掛かります。徐々に負荷をかけ、効率的に業務をこなせるようになってきた頃、再び頭の中は仕事のことばかりという状況が訪れます。このような状況が続くと、再発の可能性も出てきます。

Aさんに「ほら、また余裕をなくして働いているぞ。」と彼に肩を叩くのは、上司でも医師でもありません。机の引き出しにある香りです。机を開けると香りが届き、リワークでの学びと感情的な記憶を思い出させ、型の力を抜きリラックスする、ストレスケアの必要を伝えました。

匂いの記号化を利用する

一般に、ストレス状況では視野が狭まり、周囲の声も届きにくい心の状態になりがちです。こうなると、自身がストレスを感じていることに、気づかないことも多くあります。気づかなければ、ストレスケアをしよう!という行動にも至りません。人間関係のトラブルを引き起こしたり、心や身体の病気に至り、はじめて、自身がストレスを抱えていたことに気づくこともあるでしょう。匂いは揮発し、呼吸を通して届きます。呼吸は生命を営む上で欠かせないものです。机の引き出しに入れていた香りは、呼吸を通じてAさんに届き、リワークでの学びや、仲間と共有した深い心の体験を思い出させました。匂いはリワークでの体験を示す「記号」になり、働きすぎを警告する「合図」になりました。
 
匂いを、匂いとともに刻まれた体験を示す「記号」として、記憶を自然な形で想起させる「合図」として利用する。匂いの記号化は、その匂いと特定の体験の記憶を重ねること、体験を強化することで利用できます。

入眠を伝える合図にする

日々の疲労を回復し、健康を維持する上で、睡眠は欠かせません。良質な眠りのために、匂いの記号化を利用します。まず、眠りに相応しい、心地のよい環境を作ります。そして入眠前に好きな香りを身体で感じましょう。これを繰り返すことで、その香りが心地よい眠りを語る記号となり、就寝を告げる合図になります。目を閉じれば、視覚が遮断され、嗅覚の重要性が高まります。毎日の生活で利用し、入眠が困難になりがちな出張にも、この香りを持参しましょう。香りの合図で心地よさの感覚が心と身体に蘇れば、慣れないビジネスホテルでも良質の睡眠を得られることが期待できます。呼吸を通じ、香りの合図は脳に届くのですから。

松尾 祥子氏
公認心理師 臨床心理士 赤坂溜池クリニック心理士 SAFARI代表

1999年よりアロマセラピー、アーユルヴェーダなどの自然療法とアメリカ西海岸の統合的心理療法をベースに、「香り×心理×サスティナブルなコミュニティ」をキーワードに活動する。現在は、個人カウンセリング・グループセラピーや研修に加え、持続可能な社会の研究やEAPにも従事する。生活に欠かせないものは波乗りと山歩きと秋のキノコ。
地球と宇宙とココロのおはなし。http://www.aroma-safari.com

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